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初の女性棋士誕生なるか――西山朋佳女流三冠に敗れた高橋佑二郎四段「最後まで紙一重だと思って指した」意地の105手目

ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2024.09.30 17:05 最終更新日:2024.09.30 21:14

初の女性棋士誕生なるか――西山朋佳女流三冠に敗れた高橋佑二郎四段「最後まで紙一重だと思って指した」意地の105手目

棋士編入試験第1局に勝利した西山朋佳女流三冠

 

※この記事は「初の女性棋士誕生なるか――西山朋佳女流三冠が挑むプロ編入試験『女に負けるのは許されない空気があった』男性棋士に初めて勝った中井広恵女流六段が語る“悲願”」の続きです。

 

 史上初の女性棋士誕生なるか!? 西山朋佳女流三冠(29)の棋士編入試験5番勝負が、9月10日より始まった。

 

 

 西山は、編入試験資格を獲得した当日に、受験の意志を表明した。そのことが、女性として3人めの奨励会員となった中井広恵女流六段には、少し予想外だったという。女流棋戦に加え、棋士の公式戦が加わるとスケジュールは過酷を極める。ただ中井は、いちばんの問題は対局数が増えることではなく、別にあるという。

 

「西山さんが迷われるとしたら、女性としての人生設計を考える年齢だということではないでしょうか」

 

 中井は20歳で同門の兄弟子・植山悦之(現七段)と結婚し、3人の子どもがいる。

 

「以前から女流棋士たちの間では産休がずっと問題になっていました。人によって立場が違うので、簡単には規定で決められない。私は3人目のときに入院しなければならず、2カ月ほど不戦敗になってしまいました。直近の対局と、その後にずらせないものはすべて不戦敗になった。リーグ戦のように期間が決まっているものは仕方ありませんから」

 

 将棋界はオフシーズンのないプロ競技であり、現役期間も長い。20~30代の競技人生のピークが、女性にとっては結婚・出産の時期と被ってくる。

 

「だから西山さんも今回試験を受けることで、いろいろ葛藤があったと思うんです。奨励会にいたころは年齢的にまだ結婚を急ぐ時期ではなかったけれど、今は将来設計を考えるといろいろ悩むこともあるのでは……。試験に受かると、棋士としての活躍がさらに期待されて、女流タイトル戦と両方だと、対局が続く日々に終わりがなくなる」

 

 8月27日に開幕した第4期白玲戦では、タイトル保持者の西山と挑戦者の福間香奈が対戦している。第一局を前に、挑戦者の福間が妊娠していることを公表し、年内に出産予定であることがわかった。白玲戦は着物を着用しておこなうのが慣例だが、今回は洋服で椅子着用が認められた。

 

 だが、福間は秋以降に自らが保持する「女流王座」と「倉敷藤花」の防衛戦、そして挑戦権を獲得した「女流王将」戦が控えている。出産が間近になってきた場合、タイトル戦の開催時期を検討する必要が出てきた。これまでタイトル保持者が妊娠した例はなく、今後どのような対応がされるか注目される。中井は言う。

 

「将棋界にとって、棋戦を主宰してくださるスポンサーさんにご迷惑をかけないことは大前提です。ただ、出産は本来おめでたいことなのに、肩身の狭い思いをしなければならないというのは……。こうした場合を想定して、もう少し早く何らかの規定を設けることはできなかったのでしょうか」

 

 これまで挑戦者が妊娠したケースは、中井と岩根忍女流三段のときがあった。そのときは対局日程をずらすことで対応できたが、五冠の福間の場合はタイトル戦が並行する時期もあり、日程の変更が難しい。また、すでに押さえられている会場をキャンセルすることは、関係者に大きな負担を強いる。

 

「でも、妊娠したことでタイトルを返上することになったら、本人の責任と言っても割り切れるものではありません。男性だって、その気持ちはわかると思います。西山さんも棋士と女流の両立を考えたとき、そうしたケースを考えたんじゃないかな」

 

 棋戦の数が少なかった時代には、スケジュールの調整に余裕があったが、現在は女流タイトル戦だけでも8個ある。かつてスポンサーを見つけることに苦労した時代から考えれば非常に恵まれた状況だが、タイトル保持者の女性にとっては、人生設計を悩むことになる。妊娠は必ずしも計画どおりにできるものではなく、安定期に入るまでは公表しにくい。今回の福間の場合も、直前まで対応ができなかったのはそうした理由からだろう。

 

 福間の対局を観たいと願うファンは多く、そして彼女が幸せな家庭を築くことも望んでいるはずだ。スポーツ界や芸能界でも子どもを産んでからも活躍している人は多い。それらは本人の努力だけでなく、周囲のサポートもあって成り立つ。福間の今後のタイトル戦がどのようにおこなわれるかは、将棋界の未来にとって大きな意味を持っている。

 

「女性棋士」という“悲願”

 

 公式戦に女流棋士の参加が初めて認められたのは、1981年の新人王戦からだ(当時1名、現在4名)。主催紙の「しんぶん赤旗」の画期的な方針だった。その後、竜王戦(読売新聞主催)が1994年に女流枠2名(現在4名)を設けるまで、女流が参加できる唯一の公式戦であった。

 

 しかし、彼女たちが男性プロを相手に初勝利を挙げるまでには13年近くの歳月を要した。挑めども負け続けるなか、1993年12月、39戦めにして勝利したのは中井だった。

 

「終局後、どこからこんなにというほど、記者が入ってきたのを覚えています」

 

 女流の対局が、そこまで大きく注目されることがなかった時代だ。局後のインタビューで中井は「男の先生に勝たなければ、認めてもらえませんから」と答えている。この一勝を皮切りに、女流棋士が男性プロに勝つ機会が増えていく。2003年には中井がA級に在籍するトップ棋士の青野照市九段に勝利し、棋界を驚かせた。

 

 女流棋界にとって、男性と同じステージに立つ「棋士」の誕生は悲願だった。現在までに21人の女性が奨励会に入会してきた。最上位の三段にまでなったのは、西山と福間、そして第75回三段リーグを最後に退会が決まった中七海の3人だ。

 

 西山は中学2年生で奨励会入会後、20歳5カ月で三段昇段を果たした。半年かけておこなわれるリーグ戦において、2020年3月に14勝4敗の成績を残す。これはその期のトップタイであり、3名が同率で並んだ。しかし一期につき昇段できるのは30人を超えるなかで(現在は40人以上)2名のみで、西山は前期の成績をもとにした順位差で次点となった。藤井聡太が昇段したときに13勝だったことからも、西山が十分な実力を持ちながら不運に泣いたのがわかる。2021年4月、西山は年齢制限まで一期を残して奨励会を退会、女流棋士に転向した。

 

 西山と並ぶ福間の強さも、男性プロに比肩するものだ。史上初の女流六冠達成、女性初の奨励会三段リーグ入りなど、輝かしい実績を重ねてきた。それでも福間も三段リーグを抜けて棋士になることはできなかった。

 

 奨励会を経なければ棋士になれなかった将棋界に、プロ編入試験が正式に導入されたのは2014年。それ以前からアマ・タイトルホルダーやトップ女流棋士はプロ公式戦に参加できたが、一定期間内に男性プロを相手に10勝をあげ、その間の勝率が6割5分以上であれば、編入試験受験資格を得られるようになった。

 

 その後10年間でこの条件をクリアした女性は福間と西山の2人だけである。福間が2022年に編入試験を受けたときには、棋界内外から大きな注目を集めた。しかし福間の持ち味が発揮されず、結果は0勝3敗に終わった。前出の中井は言う。

 

「規定の成績を取ること自体が、かなり大変なこと。制度ができた当時は、ハードルの高さに現実的でないと感じていました。西山さんはそれをクリアし、最近の対局も好調で自信を持って指している印象がある。また、先に福間さんが試験を受けていることも、影響が大きいのではないでしょうか。

 

 これまで男性と女性が対戦するときは、男性側にプレッシャーが大きかったと思いますが、編入試験においては受ける側の方が大きい。福間さんもそれまでの将棋とは何か違うように感じました。西山さんは福間さんの挑戦を見てきたわけですから、気持ちの上でも対応を考えられる。十分に可能性があると思います」

 

編入試験第1局 終局へ

 

 対局開始から6時間が過ぎ、互いの持ち時間の残りが少なくなっていく。思考し続ける脳にも疲労が蓄積されてくるころだ。AIが形勢を示す評価値は、西山に大きく振れていた。将棋連盟に待機している報道陣の間に、終局が近いという空気が流れる。

 

 評価値が西山側に95%を超える値を示した。数値だけを見れば勝利は確定的に思えるが、実際には僅差の攻防が続いていることが多い。将棋には、わずかなミスで逆転するリスクが最後まで潜む。切迫する時間のなか、優勢な側ほどプレッシャーに襲われ、不利を自覚する側は、相手の読み筋を外した勝負術を仕掛けていく。

 

 試験官となる高橋佑二郎四段が105手目に放った手は、AIの候補手にはなかった。AIは計算に基づいて、もっとも自玉が長く生き延びる手を示してくる。しかし相手がミスをしない限り、逆転はない。高橋は言う。

 

「ほかの手はすべて負けだと思って、相手がいちばん間違える可能性のある局面に持っていこうという意識がありました」

 

 この手への対応に、西山は残り少ない持ち時間の半分を注ぐ。その様子は、高橋の指し手が読みになかったことを感じさせた。次の指し手で評価値が大きく揺れ、数値が何度も変動する。1秒間に数億手を読むAIでさえも、変化の深さにすぐに対応できないのだ。対局室に向かおうとしていた取材陣がカメラを置き、再び画面を食い入るように見始めた。

 

「わからなくなったな」

 

 誰かがそう呟いた。この対局を前に、中井はこんなことを言っていた。

 

「西山さんには、棋士になるという明確な目的がある。でも試験官にとっては公式戦でもなく、何がなんでも勝つというモチベーションにどう持っていくのかという課題はあると思う」

 

 そのときは、なるほどという気持ちで聞いていたのだが、高橋の姿を見ていて杞憂に過ぎないのを知った。棋士は盤の前に座れば、勝負師以外の何者でもない。局面は混沌としたように見えたが、剛腕と言われる西山の終盤力は再び勝利を引き寄せる。それでも高橋の心中は、AIが示すものとは違っていた。

 

「評価値を見られていると大差のように感じるかもしれません。でも対局者の心理はそうではなく、実際の勝負は紙一重なんです。私はあきらめて指していたわけではなく、本当に最後の最後までわからないという気持ちでした」

 

 秒読みのなか、高橋は王手を続けていく。そして132手目に西山が自玉を守る一手を指したのを見ると、「負けました」と頭を下げた。

 

 報道陣が対局室に入り、西山が記者の質問に答えている間も、高橋は鋭い眼差しのまま思考を続けているようだった。記者の質問が彼にも向けられる。

 

「持っているものをすべて出し切りましたので、これが自分の現在地かと思います」

 

 その言葉に、棋士としての矜持を感じた。高橋はすぐに自宅に戻るつもりだったが、師匠の加瀬純一七段が観戦のために来ており、ABEMAの解説を務めていた兄弟子の戸辺誠七段も加わって食事をともにすることになった。兄弟子からは厳しい言葉を覚悟したが、「いい将棋だったよ」と言ってくれた。

 

 この夜は師と兄弟子にねぎらわれ、次の対局へと気持ちを切り替えることができた。高橋はこの約2週間後におこなわれた準公式戦のSUNTORY将棋オールスター東西対抗戦の東京予選において、トップ棋士らを破り、本戦メンバー入りを果たしている。

 

 西山の編入試験は、この後、月に一局づつおこなわれていく予定だ。第二局の対戦相手は山川泰煕四段。女流棋界の歩みを振り返るとともに、彼女の挑戦を見ていきたいと思う。

 

※文中敬称略

 

写真/文・野澤亘伸

 

のざわひろのぶ
1968年生まれ 栃木県出身 1993年、「FLASH」カメラマンとなり、フリー転身後は『師弟 棋士たち 魂の伝承』(光文社文庫)で第31回将棋ペンクラブ大賞受賞。そのほかの著書に『絆 棋士たち 師弟の物語』(新潮文庫)、『オオクワガタに人生を懸けた男たち』(双葉社)など

( 週刊FLASH 2024年9月24日・10月1日合併号 )

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